一般的な概念でレーザー光は危険だと言われますが、その認識は半分正解で半分不正解です。
正確な知識と熟練された技術(ハードウエアも含む)を用いて使用すれば、通常の照明器具とほとんど変わりはありません。
しかし、どのように万全の対策を練ったとしても100%安全だとは誰も言い切ることは出来ません。
そこで、世界中の専門の有識者らによって、色々なガイドラインが設けられました。
まず、レーザー発振機器全般にクラス分けが成され、そのクラスによって危険度の概要が分かるようになりました。また、全てのレーザー機器にクラス表示を義務づけました。
次に、レーザーディスプレイ業者らにより、ショー・ディスプレイ用のレーザー機器に関して、色々な安全基準を定め、それを統一した規格にまとめる試みが成されました。
今日ではILDA(International Laser Display Association)が定める基準が一般的になってきています。このILDAが定める規格は安全基準だけにとどまらずソフトウエアやハードウエアの規格等も定めており、総合的な規格となっております。
一方、国内ではLASA(Laser Art&Science Association)が組織され、安全基準等のガイドラインは公文協などでのレーザー使用許可の目安となりました。
当社では、LASAの基準を元にILDA規格のガイドライン等を参考にしながら安全に努めております。
一般的な照明機器にも潜んでいる危険性(漏電など)の他に、レーザーディスプレイ機器は何が危険なのでしょうか?
それはレーザー光そのものにあります。レーザー光はその特質"単一な波長(色)・同一な振動(位相)・同一な方向性(強指向性)"を除けば、太陽光や一般照明器具の光と何ら変わりありません。
しかし、太陽光をレンズ(虫眼鏡等)によって紙の上の一点に集光させると焦げてしまう様に、光には熱を発生させる力があり、微量の光でも集光する事によって熱量は増加し、また長時間照射する事でも蓄積されます。
ディスプレイ用のレーザー・ヘッド(光源)は光量(明るさ)こそ最大でも十数Wと微量ながら、その特性により、光源から出たばかりのビームには紙に穴をあける熱量があります。しかし実際にはプロジェクター内を通ってくる間に減衰されますし、光源から遠くなればなる程ビーム経が太くなり、単位面積当りの熱量は減少します。また、スキャン(文字や図形などを描くこと)することによって、照射点を高速に移動させている時は、時間による熱の蓄積は減少していきます。従って人体に対する影響は1部分を除いてほとんど影響ありません。
では、何が危険なのでしょうか?
それは眼球に対する照射です。眼球はその構造自体がレンズそのものであり、焦点を結び熱の蓄積が起こり、それによって眼球を損傷する場合があります。
ほとんどの場合は瞬きの反射作用により瞼を閉じてしまうので、損傷するまでは至らないのですが、人間の瞬きが反応できる速度は大体0.25秒なので、その間の光はどうすることも出来ません。
では、どれくらいの光量で眼に傷害を及ぼすのでしょうか?
その基準を定めたのがMPE(Maximum Permissible Exposure),最大許容照射量と言う概念です。
MPEについて簡単に説明させていただきますと、一定の照射条件下において、ある波長の光をある時間照射する事により、その光線を照射された人の眼の50%に対して明らかに損傷が生じる光線レベルの、1/10のレベルを意味します。従ってMPEレベルでの光線照射でさえ人の眼に何らかの損傷を与えます。
MPEの算出方法は条件により異なりますのでここでの詳しい説明は省かせていただきますが、レーザーディスプレイで使用されるであろう可視光の範囲(400nm〜1400nm※JIS C 6802 のレーザー放射の直接の目への露光の角膜における最大許容露光量:限界開口の直径〈7mm〉を参考)を考えた場合、
1.プロジェクターから観客席までの最短距離
2.上記到達点でのビーム経
3.ショーまたはレーザー照射中のスキャナーが描くデータ(文字や図形など)全ての長さと描くスピード
主に上記3点を算出してMPEレベルを割り出しそこからMPEレベルに達しないようにレーザーの出力を決めます。
このようにして算出されたMPEは算出方法が多少異なっていても世界各国ほとんど同じ概念で捉えられており、その値の何割までが許容範囲とされるかは国ごとに分かれます。
実際にMPEレベル内でのレーザー演出はどのような物になるのでしょうか?
答えは感動を与えるほど見えません。特に空間演出においてはスモークマシーン等で環境をしっかりと造らないと殆ど見えません。また、演出中に刻々と変化するスキャンデータに合わせてレーザーの出力を変化させるにはかなりの労力と経験が必要になります。
それではどのようにしてレーザー演出を実施すればよいのでしょうか?
当社では原則として以下のように定めております。
● 原則として観客席への照射は行わない
● レーザー演出中起こり得るトラブルを想定した上でのプラン及びデータ制作
● 演出中やむを得ず客席ぎりぎりの演出を行う場合そのデータがMPEレベル以内であること
その他にも細かい規則はあるのですが客席に対しての顧慮としては以上3点が大原則です。
このように述べていくとレーザーとは何か恐ろしい物の様に感じられるかもしれませんが、実際にレーザーディスプレイを実施されるクライアント側には心構えとして知っておいていただきたいと考え、説明をさせていただきました。
だからといってクライアント側にMPEの算出まで行ってもらおうなどとは考えておりません。
信頼が出来て経験豊富なレーザーディスプレイ業者とプランを作成し実施するだけでいいのです。
現にヨーロッパ等ではオーディエンス・スキャンニングと呼ばれる演出方法で、客席の中に対してのレーザー照射も行われております。これは全ての条件下においてのMPEの値を算出し、ハードウエアとソフトウエアの両方からMPEレベル内のみでの照射をすることにより実現したものです。また、不測の事態に備えて2重、3重の安全機構が組み込まれたプロジェクターを使用して演出されております。もちろん演出空間の環境づくり等も計算されています。
ハードウエアは進化し比較的簡単にレーザーディスプレイを手掛けることが出来るようになりました。しかし、色々なノウハウがなければ安全で感動的なレーザーディスプレイは実現できません。